Part5 土呂久を語り継ぐ

土呂久山荘

土呂久山荘で開かれてきた恒例の新年会

 土呂久の運動がつづいていた間、被害者の集会や支援者の宿泊に、故佐藤鶴江さん宅などが使われた。1990年3月に、土呂久鉱山公害被害者の会は、古い民家を改装して「土呂久山荘」と呼ばれる宿泊施設をオープンした。改装工事にあたったのは、被害者の会事務局長の横井英紀さんと土呂久の大工佐藤一一さん。
 その年10月31日、被害者と支援者は土呂久山荘に集まり、大勢の報道関係者に囲まれて、最高裁和解成立のときを迎えた。被害者の闘いがヤマを越えたあと、山荘は、被害者と支援者の懇親会や土呂久を語り継いでいく場として利用されるようになった。
 オープン記念の行事として、「木魂(こだま)」をテーマに世界中から集めた約1,000点のメールアートの展覧会を開いた。祖母・傾山系の谷間の村が、世界にはばたいていく画期的なイベントだった。アジアの砒素汚染地から土呂久を訪ねる人たちは、鉱山跡を回ったあと、山荘で憩って土呂久特産の山の料理に舌鼓をうっている。
 土呂久川のほとりにたつ山荘は、一日中、川のせせらぎが聞こえ、対岸の鉱山跡地まで歩いて約5分の距離にある。

土呂久山荘