Part5 土呂久を語り継ぐ

土呂久を語り継ぐ

 小学校の教師が土呂久公害を発掘してから現在(2011年11月)までに40年が経過した。同じ公害事件であっても、水俣病、イタイイタイ病などに比べ、土呂久に関する文献の量は少なく、資料を保存する施設もない。
 宮崎の若い人は、郷土で起きた土呂久公害についてほとんど何も知らない。歴史の風化は激しくて、このままでは土呂久で起きたできごとは忘れ去られてしまいかねない。これでは、同じような惨劇を再び繰り返すことになるのではないか。
 そうした危機感をいだいて、土呂久を訪ねてくる人びとに公害の体験を語りつづける「語り部」がいた。その人たちもしだいに高齢化して、公害を体験した人の数は減る一方である。
 そんな状況下、若い世代の中に、土呂久にでかけて公害の歴史を学び、その教訓を同世代に広げていくために、学生向けの教材や絵本の制作をおこなう者がでてきた。

土呂久の語り部たち