Part5 土呂久を語り継ぐ

土呂久を語り継ぐ

土呂久を語り継ぐ

 小学校の教師が土呂久公害を発掘してから現在(2011年11月)までに40年が経過した。同じ公害事件であっても、水俣病、イタイイタイ病などに…

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土呂久山荘

土呂久山荘

 土呂久の運動がつづいていた間、被害者の集会や支援者の宿泊に、故佐藤鶴江さん宅などが使われた。1990年3月に、土呂久鉱山公害被害者の会は、…

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鉱山跡案内

鉱山跡案内

 土呂久鉱山は1962年、鉱毒による患者を置き去りにしたまま、江戸時代から350年におよんだ歴史を閉じた。350年のうち50年が亜砒焼きの時…

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修学旅行

修学旅行

 2009年6月、東京の高校生が修学旅行で土呂久を訪れた。高校生が修学旅行で土呂久を訪問するのは初めてのことだった。前夜、高千穂町内の旅館で…

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海外からの研修生

海外からの研修生

 アジア砒素ネットワークは2001年から2009年まで、国際協力機構(JICA)の委託を受けて、アジアの国々で砒素汚染対策に従事している政府…

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学習教材の制作

学習教材の制作

 土呂久公害を学習する小、中、高校は、宮崎県内にもほとんどない。その原因のひとつとして、土呂久公害に関する教材の少ないことがあげられる。  …

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絵本づくり

絵本づくり

 濱本さんの授業を受けた生徒の中に、現在(2011年)高校3年生の大戸美幸さんがいた。大戸さんはその翌年、環境教育の一環として土呂久を訪問し…

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野の花館

野の花館

 「野の花館は、宮崎県の高千穂町土呂久に江戸末期に建てられた古い民家でした。土呂久は鉱毒の村として知られる山の中の集落……。草木や虫や鳥や家…

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土呂久図書館

土呂久図書館

 川原一之は1971年11月から1999年にかけて、土呂久の歴史、民俗、暮らし、鉱毒事件、砒素中毒などに関する文献を集め、多くの関係者から聞…

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土呂久を伝える書籍

土呂久を伝える書籍

 土呂久鉱毒事件の全体像を知るには、田中哲也著「鉱毒・土呂久事件」(三省堂選書、1981年)がふさわしい。事件発生から提訴までのできごとがジ…

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謝 辞

謝 辞

 日本が「公害列島」と呼ばれた時代、祖母・傾山系の谷間に埋もれていた砒素中毒事件が、突如、社会の表層に浮かびあがった。早いもので、あれから4…

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