Part4 慢性砒素中毒症

行政の姿勢を変える闘い

 1975年5月、土呂久の被害者35人が岡山大学医学部の診断書をそえて、宮崎県知事に公害病の認定を申請した。35人の中の23人は認定されたが、12人が棄却され、このうち10人が「棄却されたのは納得できない」として、公害健康被害補償不服審査会に処分の取り消しを請求した。
 一般に、行政の処分によって不利益をこうむった住民は、その上級官庁に処分の不当性を訴えでることができる。公害健康被害に関しては、公害健康被害補償法によって特別に設置された審査会が、公開口頭の審理を開いたうえで裁決をだすようになっている。請求人(被害者)は、参考人や鑑定人の申請、処分庁(県)のもっている書類や物件の提出・閲覧を求めることができる。さらに請求人から委任されれば、誰でも代理人になって審査会の場で発言できるので、裁判よりはるかに開かれた制度だといえた。ただし、審査会事務局は環境省内に置かれ、審査員は高級官僚出身者でしめられており、行政の枠内でその運用をチェックすることが目的なので、処分をひっくり返すことは容易でない。
 土呂久の被害者は、行政不服で宮崎県を追及することを通して、土呂久公害行政の誤った姿勢を改めさせようと考えた。被害者は口頭審理の場で「砒素の影響を皮膚症状に限った認定要件は間違っている。砒素中毒が全身に障害をもたらすことを認めよ」と主張した。

行政不服審査・処分庁側(上)と請求人側(下)