Part4 慢性砒素中毒症

教師が示した鉱毒病の輪郭

 岩戸小学校の斎藤正健先生が、1971年11月の宮崎県教組教育研究集会と翌72年1月の日教組全国教育研究集会で明らかにした土呂久の健康被害は次のように整理できる。
1) 大正2年から昭和46年までに土呂久地区で事故死や戦死を除いて死亡した者は101人で、死亡年齢不明を除く92人の平均寿命は39歳の若さである。
2) 死者の90%が呼吸器疾患で亡くなっている。10歳までに死亡した幼児が全体の20%をしめ、その死因は灌漑用水を飲んでいた家庭では胃腸などの内臓疾患、亜砒焼き窯近くの家では呼吸器疾患による者が大半をしめる。
3) 生存患者のうち42%が内臓疾患を訴えている。全患者のうち2つ以上の疾患で苦しんでいる人が20世帯に28人いる。中には4つ5つの症状を訴える人もいる。亜砒焼き窯付近に住んでいた人はほとんどが鼻、喉、目の異常を訴えている。
4) 土呂久地区の児童の体位が他地区に比べ劣っており、トラコーマ、結膜炎など目の疾患が目立っている。
 この報告に、土呂久で発生した鉱毒病の輪郭が示されていた。

教育研究集会の「公害と教育」分科会で配布された調査報告書