Part3 人権回復の願い

土呂久被害者一審で勝訴

 松尾判決から1年後の1984年3月28日、宮崎地裁延岡支部は土呂久訴訟の被告住友金属鉱山に、原告の請求総額の7割にあたる5億622万円を支払えという判決を言い渡した。
 判決は、鉱山操業によって土呂久地区の環境が砒素や亜硫酸ガスによって汚染され、被害者の全身にさまざまな症状をもたらしたと述べ、被告は、鉱業権者として健康被害のすべてを賠償する責任を負っていると断じ、知事あっせんは慢性砒素中毒症の一部の症状(皮膚症状、鼻粘膜症状、多発性神経炎)についてなされたもので、それ以外の症状については和解の効力はおよばない、と原告の主張をほとんど認めた。
 さらに、土呂久公害の特徴を「山間の狭隘な一地域社会が大気、水、土壌のすべてにわたって砒素汚染され、その中で居住、生活することにより、長期間にわたって間断なく、経気道、経口、経皮、複合的に砒素曝露を受け……、大半の被害者は、身体の各部位、器官に多数の症状が併発、出現しており、それら各個の障害・苦痛が相互に増幅し合う結果、労働過程その他日常生活の全過程において、本人及び家族に多大の苦痛をもたらしている」と指摘した。
 患者はこの判決を「全面勝訴」として喜ぶことができなかった。知事あっせんで全補償がなされたとして、一人だけ敗訴した原告がいたからだ。

土呂久の原告も勝訴した (宮崎日日新聞社提供)