Part2 土呂久鉱毒史

木や草が枯れ、牛は不妊に

 1960年8月17日の日向日日新聞は「土呂久地区に煙害? 木や草が枯れる ほとんどの牛が不妊に “精錬所の煙が原因”地元、調査を要望」という見出しをつけて、再び始まった煙害について報道した。
 「土呂久地区で山林や原野が枯れる奇現象が続発、不妊牛が多くなったこともあって、地元民からこのほど町当局へ『土呂久にある中島鉱山土呂久鉱業所精錬所の煙害と思われる。調査してほしい』と要望がだされた」と始まる記事の中で、次のような被害が報告されていた。
 「精錬所周囲の杉植林地10アール(4年生)をはじめ原野4ヘクタールが被害を受けていることがわかった。杉は葉の先端だけを残して赤かっ色に枯れクヌギの葉は周囲から中心部に向かってかっ色に変化、カキの葉は枯れ落ちており、その一帯の草は枯死または下葉から枯れ始めていた」
 「5年前からこの地域で5頭の子牛が生まれたが、この地域の草を食べさせるためか流産する牛がふえ、ほとんどの牛が不妊になっていることもわかった」
 「3年前にも同地区のシイタケが発芽せず煙害の疑いで県が分析調査したがはっきりした原因はつかめていないが、地区民は“煙害”を信じた気持ちをみせており、こんどは徹底的に調べてほしいと望んでいる」
 「町など関係者も原因究明のためには被害物の分析だけではなく精錬所の煙の分析も必要だと対策をねっている」

日向日日新聞(1960年8月17日)