Part2 土呂久鉱毒史

松尾鉱山見学

 鉱山は1953年3月、反対住民を説得するために宮崎県木城町の松尾鉱山見学を企画した。松尾鉱山では、1918年から亜砒酸を製造していた。
 参加者は、和合会5人、鉱山4人、岩戸村役場1人。一行は朝4時ごろ岩戸を出発し、午後遅く松尾に到着した。1時間ほど鉱山を見学、社宅に一泊して、翌日土呂久へ引き揚げた。
 松尾鉱山の亜砒焼き窯は、土呂久鉱山が戦前使った窯に比べて、はるかに規模が大きかった。最大の違いは、鉱山が人里離れた山の上で亜砒酸を製造していることだった。
 参加者は「土呂久とは地形がちがう。近くに人家も耕作地もなかった。参考にならない」と語った。

松尾鉱山の焙焼炉跡(1972年撮影)