Part2 土呂久鉱毒史

毒ガスの原料

「亜砒酸は、軍の命令で、毒ガスの原料として大阪の道修町にある薬品工場に回していた」。そんな話が土呂久に残っている。
日本陸軍は、中国との戦争で、秘密裏に製造した毒ガスを使った。秘密の製造所は瀬戸内海にあった。周囲4キロあまりの小島、広島県竹原市忠海の大久野島である。1927年、この島に陸軍科学研究所の出張所ができ、東京第2陸軍造兵廠忠海製造所に変わり、本格的な毒ガス製造を始めた。主な毒ガスは6種類、その中のルイサイトとジフェニ―ルシアンアルシンが亜砒酸を原料にしたものだった。
亜砒酸が毒ガスの原料になったのは事実である。しかし、土呂久産の亜砒酸が大久野島に運ばれたという記録は見つかっていない。土呂久から直接大久野島に運ばれたのではなく、薬品工場などを経由して送られたのではないだろうか。

毒ガスを製造した大久野島