Part2 土呂久鉱毒史

「農」の立場と「鉱」の立場

 1934年7月13日の延岡新聞に「直接内務省に 亜砒酸精製 絶対反対陳情の岩戸村民」という記事が載った。

 「鉱毒反対時代・・・・宮崎県西臼杵郡岩戸村の亜砒酸の鉱毒問題については県当局に訴へただけでは地元民の苦情がナカナカ容れられぬので遂に村民連名で直接内務省に警告方を陳情したので本省では12日右陳情書を県に回付し善処方を注意して来た。
 同村内にある亜砒酸鉱では今回精錬事業を復活せしむべく準備中のところ村民達は昔鉱毒に悩まされた事実に鑑み絶対反対を叫んでゐるが甲斐村長は12日出県して絶対不許可主義をされたしとの陳情をなすところあった」

 この記事から、岩戸村長が「農」の立場で鉱毒被害をだす鉱山操業に反対しているのに、「鉱」の立場にたつ宮崎県が鉱山を擁護していることが読み取れる。

延岡新聞(1934年7月13日)