Part2 土呂久鉱毒史

亜砒焼き労働者(1)-1

 わたしの仕事は「団鉱(だんご)」づくり。鉱石を金槌で割って粉にして、素手で握って団鉱をつくる。それを窯の上で乾かしたあと、薪といっしょに窯の中に並ぶる仕事たい。一日のうち半分は、煙のたちこむる作業場で働いて、残りの半分は、窯の近くの鉱山長屋で寝起きする。年から年中、毒煙の中ですごす生活が体にいいわけがない。亜砒焼きの煙にあたると、汗のかきやすい鼻の脇、首、股、腋の下に、粟粒みたいなブチブチがいっぱいでけた。ブチブチの頭が膿をもち、痒いもんじゃき掻くと、破れたとこから汗がでる。「亜砒負け」というて、痛して痒して、なかなか治りきらん。
 手のひらと足の裏の皮が厚うなってきて、気色の悪いことに、固いイボイボがいっぱい飛びだした。イボイボだらけの手のひらは、顔を洗うときに、ごとごと触って痛かった。足の裏のイボイボも、石を踏みつくると、とびあがるほどに痛かった。風呂あがりには政市さんと二人して、柔くなったイボイボを剃刀で削ることやった。「体の中にはいった亜砒が、手と足から出よるっちゃろか」と言いながら。
亜砒の病気は全身にでる。毒の煙を吸うとじゃき、喉をやられて咳がでる。昼も夜も、ゼゴゼゴゼゴゼゴいうとたい。鼻は全然臭いがきかん。目脂がでる。胃腸が弱って下痢をする。そげな体で政市さんな働いた。

土呂久の鶴野政市さんは、手足にできたイボイボ(角化)を風呂上がりにカミソリで削った。バングラデシュの砒素中毒患者は、手と足を水でふやかしたあと、鎌で削っていた。