Part2 土呂久鉱毒史

死につぶれた一家

 亜砒焼き窯から100メートルのところに住んでいた佐藤喜衛門さん一家は、同じように目がただれ、声は枯れ、激しく咳き込み、血痰をはき、肝臓をはらして死んでいった。亜砒酸の毒はついに人間の健康を侵し始めた。一家が暮らした家のカヤ葺き屋根は、建設されて50年たっても腐ることがなかったといわれる。
 1930年11月から2年間に家族7人のうち5人が死んだ。

佐藤喜右衛門の一家の墓