Part1 発掘された公害病

宮崎県が公害を否定

 宮崎県はただちに土呂久地区の疫学調査、健康調査、環境分析調査にとりかかった。健康調査を依頼されたのは宮崎県医師会だった。1971年11月28日岩戸小学校の体育館に土呂久住民224人がつめかけ、わずか5時間半で健診は終わった。受診した住民から「ベルトコンベアに乗せられたごつありました。あげな簡単な健診で患者を見つけることがでくっとでしょうか」と批判が起きた。地元医師の見解にそって、「公害があるはずはない」という予断をもった調査だったのだ。
 宮崎県は 1972年1月19日、以下の内容の中間報告を発表した。

  • 過去の死亡原因に異常と思われるものはない
  • 土呂久地区に病人が多いとは思われない
  • 砒素と関係のある皮膚症状をもつ患者が8人見つかった
  • 環境調査の結果、こんご砒素によって健康被害がおこる危険はない

 宮崎県は「教師が報告したような被害はなかった」と公害を否定し、少数の患者の皮膚に砒素中毒の後遺症が認められるとした。砒素による健康被害を皮膚にしぼったところから、宮崎県は土呂久公害行政の進路を誤り、被害者と長く対立することになる。

宮崎県が実施した土呂久住民一斉健診 (宮崎日日新聞社提供)