Part1 発掘された公害病

教師の発表と地元医師の反応

斎藤正健先生

 斎藤教諭は教育研究集会で次のように発表した。
「農薬や毒ガスの原料になった亜砒酸という猛毒をつくった鉱山の周辺で、100人近い住民が平均39歳の若さで死んでいきました。今なお70人以上の人がさまざまな病気に苦しんでいます」
 これに対し、地元の医師は「素人の教師に何がわかるものか」と強く反発した。ある医師は、次のような手記を書いて残した。
「肌に煤をぬった様な黒皮症の人をしばしば見かけた。亜砒酸の影響だろうと思ったが、この肌の色は何とかならぬものかという相談を受けたことはない。喘息や気管支炎は多かったにしても、その咳のようすに特異なものは認められなかった。黄疸→肝肥大→腹水の経過をたどる肝疾患は比較的多かったが、他の地区でも見られないことはない。結核患者一家多発の例は、土呂久以外にもいくらでもある」
 医師は、土呂久に非特異症状をもつ患者は多かったとしながらも、それを鉱山の影響だと認めようとしなかった。教師が集落全体の健康被害をつかもうとしたのに、医師は、住民の病気をばらばらに切り離し、個々の症状の厳密な因果関係を求めたのだ。